組織変革のブレークスルー 第7回 抵抗勢力を黙らせるための究極の方法
変革の第6ステップ:短期的成果を生む
ケーススタディ編の第6回は、変革行動の〈短期的成果を生む〉方法について、解明していこう。
ハーバード大のジョン・P・コッター教授は、変革を成功させるプロセスの第6段階をこう示す。
〈短期的成果を上げるための計画策定・実行〉
「目に見える業績改善計画を策定する
改善を実現する
改善に貢献した社員を表彰し、報奨を支給する」(『リーダーシップ論』ダイヤモンド社刊)より。
ただし、変革を断行する企業が短期的成果を上げる手段と方法は、このコッター理論に制約されるものではない。ここで絶対に間違えてはならないことは、手段と目的の混同である。コッター教授が示した〈改善に貢献した社員を表彰し、報奨を支給する〉という方法論はあくまでも一つの手段を示したもので、第6ステップの不可欠な行動ではない。第6ステップの達成すべき目標はあくまでも〈短期的成果の実現〉にあることを、まずしっかり認識しておこう。
では続いて、いつものように『カモメになったペンギン』(ダイヤモンド社刊)の物語を確認してみることにしたい。
コロニーの移転計画の取組みが正しい軌道に乗っていることを、早急に証明しなければならないと考えたルイスは、フレッドに意欲的で運動能力の高いペンギンを選抜して、自分たちの新たな家を偵察させることを要請する。
そして、党首ペンギンはフレッドに説明した。『いいかね、偵察隊は新たな家を選んでくる必要はない。可能性のありそうなところをいくつか見つけてくるだけでいいのだ』
なぜなら、早く安全に偵察隊が戻ることができなければコロニーの不安をあおり、反対勢力の警告を信じる口実を与えてしまいかねないからである。
この物語で理解できるように、変革ステップ6の短期的成果を上げるポイントは、スピードにある。変革に逡巡する組織メンバーに短期的な成果を早く示して心理的な安心感と希望を与えることが、第6ステップを成功させる要諦である。
では、この第6ステップの実践例としてアサヒビールの取り組みに注目してみよう。
アサヒビールに課せられた新たなテーマ
アサヒビールのスーパードライは、12年連続ビール部門首位に君臨するトップブランドだが、同社は商品戦略に新たな課題を抱えていた。第3のビールと呼ばれる低価格の新ジャンル商品の開発である。
経済不況に直撃された2008年は消費者の低価格志向がより鮮明になり、新ジャンル商品はビール系飲料の販売で初めて発泡酒を抜くほど人気が高まったが、これまでアサヒビールは新ジャンルの主軸となる商品を持つことができなかった。〈ぐびなま〉、〈極旨〉、〈あじわい〉といった新ジャンル商品は、いずれも大ヒット商品と呼ばれるまでには及ばなかったのである。
そこでアサヒビールは2006年6月、ビール系飲料の開発改革を託して、荻田伍社長の肝いりで新設したマーケティング本部に、池田史郎氏を送り込んだ。池田氏は消費者分析やトレンドをリサーチするお客様生活文化研究所所長を6年間務めた社内随一のマーケティングの専門家であったが、この任に就いた段階で、なかなか大ヒット商品が生まれない原因を〈マーケティング〉にあると見抜いていた。
商品開発第一部に着任した池田氏だが、まずは自身の考えを正面突破で新しい部署のメンバーに示した。部会の挨拶で「商品開発第一部のマーケティング手法は見直す必要性がある」と言い、組織に危機意識を醸成しようとしたのである。
当時の心境を池田氏が語る。
「もちろんこれまでもいい商品はたくさんあった。しかし、商品開発の目的が商品を出すというメーカーの視点になっており、売れる商品を出す意識、つまり顧客視点が希薄だったのです」
しかし、組織の反応は鈍かった。
歴史と伝統のあるビール開発のメンバーにとって、ビール開発のシロウトともいえる池田氏の唱える「マーケティング志向」は、受け入れることは難しいものだったのである。
自身の非力を痛感した池田氏は約1年間、部内の仕事を観察する行動に徹した。部内にはビール担当とRTD(缶チューハイやカクテルなど、缶からそのまま飲める低アルコール飲料)担当の2つの開発チームが存在したが、やはり、ビール開発チームで、新たにマーケティング手法を見直すことはなかなか難しかった。
池田氏は「顧客の調査を徹底的にやって商品を開発しなくてはいけない」と考えていた。自分たちの想いや感性を信じて開発することももちろん大切だが、それ以上にきちんと調査をすることが必要だ。しかし、開発チームとそれらの意志の疎通ができないまま時間だけが虚しく過ぎていった。
http://www.blwisdom.com/strategy/series/leader/item/2117-07.html